写真と日常と。
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ものっそいどうでもいい話なんですが、まぁ聞いてください。


ある日、手作り食パンをいただきました。よくくださるんです。一斤。
で、みんなで分けて食べようと。
あたしは食パンの耳(一斤の一番両端)が大好きなのです。
と言うか、白い部分にあまり興味が無い。

食べる?と聞かれたので食べると答え、耳はある?と聞きました。
いつも律儀に一斤くださるんですが、今までそうだったからと言って今回もそうであるとは限らない。
その時いただいた食パンを、あたし自身は現物確認していなかったので、
本当に一斤貰っていて、どこもカットしていない丸太の状態かどうかが分からなかったのです。
確認の気持ちもあって、そう聞きました。

相手は、耳?何?端っこの事?と答えました。
あたしはそれを聞いて、端っこって?結局耳なの?どうなの?と言いました。
だって、端っこって、カットして耳が無くなってても端っこなら端っこじゃないか!
そう思ったからです。
そこから「端っこ論争」が繰り広げられたわけですが。

一斤の端にあるものは耳ではなく、端っこではないのか。とも言われました。
普通は食パンをスライスした際に周りを囲んでいる部分を耳と言うのではないのか。
ならば、両端は耳ではなく端っこだ。と。
しかし、サンドイッチにする際、よく一般的に耳だと言われる部分と一緒に、あたしが求めている
一斤の両端にある部分も耳として分けられ、サンドイッチには使用されません。
ならばそれは明らかに耳であり、端っこと言ってしまうと、
一斤を半分にして「耳」が無くなった状態でも、「端っこ」と表現できてしまい、あまりに定義が広すぎる。

「きちんと一斤の形であるのか。どこかからカットされていて、白い中身が剥き出しになっているのか」
これは、パンの耳愛好家からすると非常に大切な問題です。
「端っこ」に甘んじてしまうと、どうでもいい白い部分が渡される危険性があるのです。
カットしていない状態の食パン一斤の端、おそらく耳と呼ばれるであろう部分が在るか無いか。
それが重要なファクターを占めるのです。

そう、耳は食パン全ての母なんだ。
耳に守られヌクヌクと白く膨らんだだけの奴とは違うんだ。
焦げてでも中身を守ろうという愛情。
端っこなどと言う曖昧な表現では、まとめられはしないのです。

まぁ、自分で確認すれば早いじゃん。とか
論点だんだんズレてるじゃん。とか言っちゃうと台無しなワケですけれども。



ロバのパン屋の話を書くのが面倒になったので、次回に書きますw
[ 2009-01-17 (Sat) 15:43 ]  
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